風が吹いている。家の前の大きな樹がざわざわと音を立てながら揺れている。それでいて温かい。ちょっと奇妙な晩である。こんな晩は早く寝たほうが良い。目を閉じて無心になってさっさと眠りについたほうが良い、と思う。それなのに古い写真を引っ張り出して、一枚一枚眺めだしたら止まらなくなった。ヴェネツィアの写真だ。そのうち私はその一枚に辿りつき、ああ、もう3年も経ったのかと言いながら一生懸命あの時の自分を思い出していた。揺らめく水面を眺めながら、私は一人ぼっちだった。それでいてちっとも寂しくなかったのは、この町があまりに美しかったからに違いない。人の居ないほうへと意識的に足を運んで偶然見つけたこの場所に、何をするでもなく佇んで、そうして数枚の写真を撮ったのを覚えている。写真を見つめているうちに久しぶりにこの町を訪れたくなった。そうだ、雨期が始まる前に、空が青いうちに。当てもなく迷路のような路地を歩いてみるのもたまには良い。